セルジオ越後氏、ジーコを語る

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 新型コロナウイルスの感染拡大によって全世界の経済活動が停滞してしまっている。サッカー界も言うに及ばず、リーグ戦はどこも中断を余儀なくされて、ヨーロッパの一部では中止を決断する状況にもなった。Jリーグもちょっと再開の時期が見通せなくなっているね。

そんななかでスポーツに関する報道もネタが限られているよね。最近、新型コロナウイルス関連のニュースのほかでよく目にするのは、過去の名場面や名選手を取り上げる企画だ。実は、僕も4月23日に発売される『サッカーダイジェスト』誌でのJリーグ歴代ベストイレブンの企画に参加して、懐かしの11人を選んでみた。

僕がどんな11人をピックアップしたのかは、雑誌のほうを読んでもらいたいんだけど、今回は「長くJリーグを支えてくれた選手」という基準で選んだから、本当は挙げたいけど、敢えて選ばなかった選手が何人かいたんだ。そんななかでも、とりわけ挙げておきたい二人の人物について話したい。

まずひとり目は、すでに一度は引退しながらもJリーグ発足にあたり、住友金属(鹿島の前身)からのオファーで復帰したジーコだよ。僕は彼が日本代表の監督をやっていた当時に、散々批判してきたからアンチ・ジーコだと思っている人も多いかもしれないけど、日本サッカーを底上げして、Jリーグを日本に根付かせてくれたという意味では本当に大きな貢献をしてくれたと思って感謝しているんだ。

世界中の誰もが知っているスーパースターがJリーグ発足前の日本にやってきて、時には土の上でもサッカーをやらなければいけない環境を選んでくれた。これは本当に凄いことだよ。少年時代から芝生の上でサッカーをしてきた今のJリーガーに、そんな覚悟は持てるかな? しかも周りはアマチュアからプロになりたての選手ばかりだ。

僕もブラジルから来日した当初は、パワフルな釜本(邦茂/ヤンマー)さんやエレガントな宮本輝紀(新日鐵)さん、スピードのある杉山(隆一/三菱重工)さんのプレーには驚かされたものだけど、そうした選手は一握り。ガッツや根性のある選手はいっぱいいたけど、そのレベルといったら……。おそらくジーコも、環境にしろ、サッカーのレベルにしろ、言いたいことは山ほどあったはずだよ。 もちろん、ジーコのほかにも発足当初のJリーグを支えてくれた選手としてはファンタスティックな技術で楽しませてくれたピクシーやリトバルスキー、あるいはラモス瑠偉やカズがいた。さらに日本リーグ時代に遡ればネルソン吉村、ジョージ与那城といった選手たちがレベル向上のために引っ張ってきてくれた。

ここ数年でまたフォルランやイニエスタといったビッグスターが来てくれるようになったけど、彼らが活躍するためのレールを引いたのは間違いなくJリーグ発足当初のスター選手たちだよ。そのなかでもジーコはとりわけJリーグの“看板”としての大きな役割を果たしてくれたんじゃないかな。

サッカーダイジェストWebより)

【引用元】


セルジオ越後氏がジーコについて語ってくれています。
ジーコの日本代表監督での手腕については批判する評論家やサッカーOB、サッカーファンがたくさんいました。
たしかに、システマチックではなく、自由過ぎる戦術は賛否両論でした。

が、Jリーグを語る時、ジーコは外せない。
やはり、ジーコがいたからこそのJリーグだと私は思う。
あのジーコが日本に来る、このニュースで「本当に日本にプロリーグができるのかもしれない」と思いました。
それまでの日本でのスポーツと言えば、野球一択でした。
サッカー部の私ですら、野球中継を見ていたし、ファミスタで遊んでいました。
だから、天皇杯決勝と高校サッカーの中継ぐらいしか無かった時代に、サッカーがプロ化するなんて夢にも思わなかったです。

しかし、ジーコは、プロ意識を選手だけでなくクラブにも根付かせ、さらにJリーグ全体にもそれを波及させたわけで、
この功績は計り知れないものがあります。

もし、彼が鹿島に来なかったら、鹿島アントラーズのJリーグ参入は無かったと思います。
改めてジーコに感謝したい。

辛口のセルジオ越後氏もジーコの日本サッカー界への功績は認めざるを得ないのは、これはやっぱり仕方ないですね。
セルジオ氏も日本サッカー界に貢献して来た人物ですが、ジーコの功績は大きすぎます。

心配なのは、ジーコは67歳であるということ。
コロナ危機を一緒に乗り越えて、終息後には元気な姿を見せて欲しい。

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